35歳で看護師から未経験の保健師に転職|過程と現状

産業保健師求人の探し方

こんにちは、ぽんです!

保健師資格を持っているけど、看護師として病院で活躍している人っていますよね

  • もともと看護師になりたくて看護系大学に入って、保健師の資格はついでに取得した

  • 公衆衛生に興味があり保健師の資格をとったけど、就職先が見つからず、病院で看護師として勤務している

今、病院での仕事に充実していますか?

人生いろいろ、こんな道もあるよってことで、私の転職経験をご紹介しますので、たくさんの人の参考になればいいなと思います


35歳で看護師から未経験の保健師に転職しようと思った理由

私は35歳で一念発起、看護師から未経験分野の保健師にチャレンジして、今の職場では保健師として働いています。

今になって思うことは、やはり転職して良かったなということ。

夜勤がなく土日、祝日の休日が確保されている

夜勤をしなくても、お給料はまずまず安定

この二つが私には大きいですね。

私はシングルマザーです。

病棟の看護師として勤務していた時、子供は小学校の低学年でした。

病棟看護師でボーナスがもらえる正職員として働くには、夜勤が必須です。

夜勤の時は、泊りがけで母が子供の面倒を見に来てくれていました。

そんなに近い距離ではなかったので、母の負担も大きかったとは思いますが、当時の私はそれしか方法がなかったんですね。

夜勤に出かけるときは辛かったですね。

私は子供たちと一緒に過ごす時間がとても好きなので、16時前に学校から帰ってきたばかりの子供たちとの別れがとても辛かった(笑)

そして30歳を過ぎた頃から、夜勤後の回復が半端なくて…(泣)

20代のころは、夜勤後ちょっと仮眠して、夕飯時には元気だったけど、夕飯作るのもやっとで、翌日も疲れが取れていない体にムチ打って子供と過ごしたりしていました。

とは言っても、給料を稼がなければ、子供たちと楽しい時間が過ごせないので、泣く泣く夜勤をしていましたね。

それまではガムシャラに働いて子育てをしていたので忘れていましたが、ある時、

「わたしって保健師の資格持ってんじゃん」

って気が付いて。

行政もしくは産業保健師なら、夜勤やらなくても正職員になれる!

しかも病棟内で走り回って、時間との勝負的な働き方から脱却できる!

こんな考えから保健師として働く道を探し始めたのです。

看護師から保健師への転職活動の現実

まずはインターネットで公務員保健師の募集を探しました。

ただ、ほとんどの市町村が年齢制限を設けていますね。

私が通える範囲では「30歳まで」というところがほとんどで、絶望しました。

そんな中、年齢制限のない「某県の保健師採用試験の募集案内」「某県警の保健師採用試験の募集案内」でした。

当時の私の年収は、週1回の夜勤をこなして、約400万円(総額ですよ!)でした。

離婚した後、持ち家をローンと共に、私のほうに名義変更をしたので、月5万円ほどのローンを払っていました。

実家に帰るという選択肢もありましたが、意地でも自分でやってやりたいと思って、この家に留まりました。

生活はギリギリで、もちろん貯金などをする余裕もありませんでした。

この先、成長するにつれて今よりもお金がかかってくることは周りからよく言われていて…

塾や、受験、学費、、、今以上のお金を捻出することはどう考えても不可能だし、

それにやはり夜勤のない仕事で、子供と過ごしたいという想いが強かったですね。

めちゃめちゃ勉強しました。

私って、学生の頃に勉強を頑張った記憶がないんですよね。

目標がふわふわしていたからだと思います。

生涯のうちで2番目に勉強をした時期が、この公務員試験の受験だとはっきり言えます。

(因みに、いちばん勉強を頑張った時期は、「宅地建物取引主任者」の試験を受けた時)

モウレツに勉強しました、目標がはっきりしているから。

家にいると家事とか気になってしまうので、

夜勤明けや休みの日で、子供が学校に行っている時間帯は、近くのミスドに入り浸りでした。

ご飯を作りながら暗記したり、ふたりが寝た後にはもちろん夜更かしで勉強。

頑張った甲斐あって、県の保健師も、県警保健師も、一次試験は突破できたんですよ。

でもですね、二次試験の面接でダメでしたね。

敗因は、保健師としてやったことがなかったので、現実が分かっていなくて、質問されたことに的を得た回答ができていなかったのだと思います。

次にやったことは、人材派遣会社への登録

アポプラスステーションやメディカルコンシェルジュなどの人材派遣会社に登録しました。

そこで、某大企業の産休代替保健師を紹介してもらったのが、私が産業保健師として歩き始めた第一歩でした。

産休代替なので、産休を取っている保健師さんが復職となれば、お役御免です。

当時の私の気持ちは、

「ここで保健師としての経験・実績を作って、別の会社で正社員の保健師を目指す!」です。

というのも、求人を見ていると、ほとんどの企業内産業保健師が、「産業保健の経験〇年以上」なんですよね。

産休代替として大企業の保健師として働きながら、さらに別の看護師転職エージェントにも登録して、正社員の保健師を探していました。

お給料が良かったので、あまり焦りというのはなかったです。

派遣の保健師の時給が2,000円~2,200円でしたので、毎日働けば、夜勤をやらなくても、正社員のようにボーナスが出なくても、病院時代よりも年収はありました。

月に35万ほど(手取り)頂いてました。

派遣の保健師としてちょうど1年くらい働いたときに、今の職場の求人が出てきました。

やはり応募条件には1年以上の産業保健経験が必須とあったので、ラッキーでしたね。

早速応募して、面接までたどり着きました。

やはりこういった職場は採用が少ないので人気が高く、募集枠は1名。何名もの方が面接にきていました。

当時の私は、派遣とはいえ、大企業で経験をみっちりさせていただいていたので、結構仕事には自信がついてきており、面接での受け答えもスムーズに、自分の産業保健に対する思いなども述べることができました。

結果は合格!内定をいただくことができ、7年後の今も、正社員としてこちらで働いています。

産業保健師になって良かったこと【年収と生活】

派遣の時は時給でした。

時給2,000円だったかと思います。

時々残業があったので、月に35万ほど頂いており、市民税などを自分で払わなければならなかったけれど、病院時代よりも金銭面では楽でした。

生活面としては、やはり夜勤をしないことでこんなに体が楽なんだという実感できました。

病棟時代は、日勤も走り回ってキツかったので、5日連続日勤よりも夜勤をやった方がマシだと思っていましたが、

病棟の五日連続日勤と、産業保健師での五日連続出勤は雲泥の差です。

決して楽な仕事というわけではないのですが、体と頭を使って働く病院とは違い、基本デスクワークなのです。

頭は使います。そして気も使います。そんな仕事でした。

産休代替ということなので、先方は即戦力がないと困ります。

一カ月は指導の保健師さんがつきっきりで教えてくださいましたが、その後は完全ひとり立ち。

不安よりもガムシャラにやらなければ追いつかないような状況でした。

復職面談、保健指導、健康講和、職場巡視・・・

やったことのないことばかりで胃がキリキリすることもありましたが、やってできないことはありません!

失敗したからといって、命まで取られることはないでしょ、という気持ちで乗り切りました。

そうしているうちに、自信がつきました。

正社員で入職した今の会社、実は公的機関です(行政保健師ではありません)。

6年目の年収は600万円。

残業はほぼありません。

土日祝日は完全お休みです。年末年始、ゴールデンウイークもお休みです。

公務員なので信用もあり、住宅ローンの借り換えの審査にはバッチリ通りました。

シングルマザーでも、これだけお給料がもらえれば、一般家庭と同じように子育てができていると自負しています。

シフト勤務ではないので、ほぼ自分の好きなように有給休暇がとれます。

ただちょっと、欲を言えば、もう少しやりがいが欲しいということ、でしょうか。

今はちょっと、やりがいを求めて模索しているところです。

まとめ:勇気をだして保健師に転向して正解だった

今あらためて思うことは、やはり勇気と根性で保健師に転向して良かったということです。

チャレンジは何歳からでも遅くないです。

今、現状を変えたいと思っている人は、一歩を踏み出して欲しいと思います。

ここまで長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。